つぶやくふたり

talk about housing

A:今日はいつもとは趣向を変えて志水さんの好きな住宅建築、ということでお願いします。普段の会話のように、リラックスして話しましょう。いくつか好きな住宅、ピックアップされました?

S:いやー、いろいろ考えたんですけれど、僕にとっては安藤忠雄の住吉の長屋にまさる衝撃はないですね。まずはその話かなと。

A:そうなんですね、志水さんが大学生の頃のお話ですよね。

S:住吉の長屋が竣工したのは1976年なんで、僕がまだ子供の頃ですけれどね。実際に知ったのはカーデザイナーになりたくてデザインの大学に入った頃でした。なんてかっこいいんだ!というのが最初の印象でした。車じゃなくてこっちで有名になるのもいいかな?なんて思いましたね、笑。

A:笑。原点なんですね。かっこいいと思ったのはコンクリート打放しの外観に?それともあのミニマルなプランに?

S:両方ですね。建物全体の存在感そのものが衝撃だったんですよ。さらに僕が大学の3、4年生のころに、安藤忠雄が京都にタイムスビルという建物を作りましてね、そこにイッセイミヤケが入っていて、よく行きましたね。

最初は年上の近所の年配の女性に連れていかれたんです、「野球をやめて坊主頭じゃなくなったし、こういう服を着たらいいわよ」って。値段の高さにびっくりしましたけど、建物も服もとにかくかっこよくてねえ。

A:こちらも志水さんの服好きの原点ですね。

S:建築にも服にもそこからのめり込んでいきましたね。

A:以前、公共建築にはあまり興味を惹かれなかった、っておっしゃってましたよね。

S:そうですね、でも京都会館や京都国際会館はすごく好きなんですよ。京都会館で幼稚園の頃、お遊戯会があってね。うわー、すごい建物だな、って幼いながらに感動したのを今でも覚えていますね。

A:やっぱり小さい頃からかっこいいものに反応していたんですね。私も京都会館を見ると、京都に来たなって感じます、設計は前川國男ですね。

S:僕はそのお遊戯会で金のガチョウの主人公のハンスを演じました。

A:おお、花形。

S:公共建築はかっこいいとは思うんですけれど、あのくらい大きい建物になると自分の中でイメージがしにくいな、というのはありますね。地形に対して建築物をどんな大きさで、どのように配置するのかというより俯瞰した視点が公共建築の特徴だと思うのですけれど、その視点にはあまり興味がなかったかな。

それよりも、住吉の長屋みたいに小さくて秘密基地みたいなものを作る方がすごく楽しそう、って思うんですよね。だから、お家も少し小さいものが好きですね。

A:それはいつも言われますよね。でも、あのコルビジェの終の住処である「カップ・マルタンの休暇小屋」も8畳くらいの小さな小屋でしたし、いわゆる名作と言われる住宅も小さなものが多いですよね。太古の昔から、小さな洞窟で暮らしてきた人間の根源的な思いなのかもしれないですよね。

S:小屋といえば、中村好文さんの小屋シリーズも好きですよ。それを下敷きにしてお酒を飲みながら自分でプランを描いて悦に入る、というのが僕のお気に入りの時間です。とても楽しいですよ。

A:ほー、笑。中村さんの小屋シリーズの本、今度読んでみます。

S:吉村順三の山小屋もね、いいですよね。

A:そうですね、あれは本当に素敵です。小さい家だと、家のディテールが近くていいなと思います。壁とか柱とかすぐに触れることができる。まあ、そのディテールにこだわりと愛着があることが前提になりますけれど。

S:土地という外があって、家という中がありますよね。家を小さくするということは外と周囲の環境を尊重することだと思うんですよね。外が大事、外があるから家はこのサイズでいい、そういうスタンスが大事なんじゃないかなーと思うんですよね。

住吉の長屋は大阪は狭小地に建ってますが、あの家の外は中庭で、空に向けて解放されてますよね。

A:住吉の長屋は部屋と部屋をつなぐ空間が外ですからね。あの家のお施主さんは「雨が降ったりしたら大変な時もあるけれど、自然を五感で感じながら生活できる」と話しているそうですね。

S:なんというか、謙虚な建物ですよね。自然をねじ伏せようとするのではなく、ありのままを受け入れるというか。

A:なるほど。日本人らしさもあるのですかね。
ちょっと話がそれますが、昔の日本人はそう多くものは持たずに、決して大きいとは言えない家で、まあ、慎ましく暮らしていたわけですよね。必要なものは作ったり、直したりしながら、それを楽しんでいたと思うんです。
人間って本来工夫して作りたい生き物なのに、最近はやれSDGsで、作る時には廃棄まで考えなければという風潮がありますよね。なんだか、悲しいなあ、って思ったりするんです。

S:創造する喜びって大事ですよね。昔は食べるものを畑で自分で作っていたし、着るものは自分で縫っていて、暮らしに直結していたから、無駄なものになることはなかった。
なかなかそこまでの時代に遡ることはできないかもしれないけど、手作りをする余白を残しておく家づくりはしたいなあと思いますね。

A:そうですね。住吉の長屋に戻りますね、見れば見るほど本当にシンプルな家ですよね。

S:京都の町屋に通じるところ、ありますよね。

A:そうですね。あれ、家ってこれで良かったのか、と。
ところでこの1階の床の素材はなんですか?

S:鉄平石という石ですね。この頃の安藤さんの建築の床はたいがい鉄平石なんです。素材をあれこれ使わず厳選する、潔いなあと思いますし、かっこよく見えるポイントだと思いますね。
あと、寝るところと食べるところ以外は用途を決めていない空間です。どう使っても良いというこの空間があるからこそ、家なんだけど家らしくなくて、それがいいんです。

A:志水さんは普段から「生活も変わるし、考え方も変わるかもしれないから、空間の用途を決めすぎない方が良い」って言われますよね。こういう余白があれば変化に対応できますね。
家が包容力のある器になれるってことですよね。この家は一見そうは見えないけれど、おおらかな家なのでしょうね。

S:だと思いますよ。

A:なるほど、深いです。

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