京都で和について思ったこと
A:志水さん、今日は年末に京都に伺った時のことを深掘りしてみようかな、と思っています。
今までは観光客目線で楽しんできた京都でしたが、今回は和の建築との関係を強く感じたのでその辺りを。
S:ずっと京都にいると、当たり前すぎて見逃していることがあるのかもしれません。どうぞ色々質問してください。
A:まず、連れて行ってもらった古い建具を扱う井川建具道具店、中は歩く隙間も無いくらい建具が並んでいました。
S:僕が、町家の改修工事をするときにお世話になっているお店です。お店以外にも倉庫があって、たくさんの商品が置いてあります。
A:建具のサイズというのはある程度決まっているのですか?どの町家でも使いまわせる?
S:そうですね。日本家屋というのは基本的にサイズが決まっています。例えば襖だと高さは5尺7寸(五七と言います)サイズが標準です。尺というのは303㎜で肘から手首までの長さがもとになっています。
A:5尺7寸だと1730mmですけれど、今のサイズ感に合いますか?
S:ちょっと小さいですかね、そういう場合は目立たないように下の方に少し付け足しをして1800㎜くらいの高さに直して使いますね。
A:えー、そうなんだ。京都の飲食店でいくつかそういう建具を使っているのを見かけましたけど、直した跡、気がつかなかったです。
S:もちろん直さずに、頭をかがめる前提でそのままで使うこともできます。
A:中古建具屋さんが存在しているということは、昔からリサイクルの考え方が根付いていたっていうことですよね。
S:日本人ならではのもったいない精神ですね。梁や柱の構造材にもリサイクルの跡がみられることがありますよ。天井現しにしたときに大工さんの手刻みの跡があるんです。
A:ああ、なるほど。
S:本当は、梁は上と下に大きな力がかかっているので、切り込みを入れたりするのは良く無いんですけれどね。今の時代でも配線を通すために構造材に切り込みを入れることがありますが、そうするとそこが弱くなって折れやすくなってしまう。もしどうしても通したいなら梁の上下のちょうど真ん中に丸い穴を開けてそこに通すのが良いです。
A:ほー、なるほど。
S:構造材のリサイクルは弱点がありますが、建具は家の強度に関わるものでは無いので、リサイクルがしやすいです。
A:昔の建具、本当に手が込んでいて美しいものが多いですよね、お店の方が「これだと、今、普通に作ったら一枚40万円ぐらいするけど、うちだと数万円で済みますよ。」と教えてくれました。
S:今の技術では作れないようなもの、とても良い材料で作られたものも多いです。
一般的な建具だったら、リサイクルは1万円ぐらいから手に入るので、ありがたいです。
A:私は建具のリサイクル文化について、志水さんに伺うまでよく知りませんでした。
葉山の古い建具を扱うお店を覗きに行ったことはあるのですが、在庫の量も違うし、実際に活用されているところを見たことがなかったのです。
少し汚れた建具でも、綺麗になるんですか?やすりをかけるんですか?
S:洗いをかけるといって、薬品で表面のカビを取ったりすることが多いですね。見映えは全然変わりますよ。
A:このお店でリサイクル建具のことを知ってから、京都の街中を見回すと再利用している建具が本当に目につくんですよね。最近は鎌倉でも探してみるんですけれどなかなか見当たりません。こちらでも古民家の改修などにリサイクル建具が使われたら良いのにな、と思います。
次に、千本銘木商会さんの話です。そもそも私には、銘木屋さんというものが街のど真ん中にあるということがびっくりだったんです。鎌倉の知人が最近お茶室を建てましたが、銘木を選びに東京の木場の倉庫まで行ったと話していて。それに比べると随分手軽に銘木が見ることができますね。
S:銘木屋さんと名前はついていますけれど、昔から構造材など材木全般も扱っています。
歴史を紐解くと、京都の材木屋さんは京都の北の方の丹波の山から材木を切り出して来ました。切った材木はいかだを組んで川に流して運び、嵐山の溜池に集めて保管、市内へは高瀬川を伝って運搬。だから川沿いに材木屋さんが立ち並んでいるんです。
僕は嵐山の方の出身なので、その溜池の材木が小さい頃の遊び場でした。今は埋め立てられてしまっていますけれどね。
A:志水さんが覚えているということは、結構最近までその林業のサイクルはあったんですねえ。
S:そうなんですよね。亜紀さんは北山杉の歴史はご存じですか?
A:いえ、そもそも北山杉の定義ってなんですか?
S:京都の北山地方で育てられ、床柱に使われる細くて、木肌の美しい丸太のことです。構造材に使う杉は60−70年近く育てないと出荷できないのですが、北山杉は20年くらいで出荷できます。
美しさという付加価値をつけて早いサイクルで出荷すれば、普通の材木より、利益がずっと大きいです。それが茶室などの数寄屋建築に使われるようになり、江戸時代には各地に広まり、最近まで非常に良く使われていました。昭和の和室には必ず北山杉が使われているといっても良いくらいです。
A:ほほー、普通の材木がより高値で取引されるように、丁寧に育て、柱そのものを美しくデザインしているんですね。
S:そう、若木のうちに周りを縄で縛ったりしながら、筋目や絞り目をつけたりしてるんですよね。
A:絞り柱、写真でみたことはあっても、倉庫でたくさんの実物を見ると、いやー、なるほどこういう感じなんだと納得がいきました。まさに百聞は一見にしかず、笑
今、志水さんの設計で建築している北鎌倉の和の小さな小屋にも、千本銘木商会さんの床柱を入れましたよね。床柱が一本入ると、一気に空間がピリッとしてくる感じ、日本人でよかったなあ、と思います。
S:ですよね。
A:他にもツバキやコブシの柱などもありましたね。樹皮が残してあり、北山杉よりずっと素朴な感じ。小さな可愛らしいお茶室などに使っても素敵だろうなあ、と思いました。
S:ああいう素材は現代の内装デザインにも取り入れやすいですよね。
A:ええ、そう思います。
実際に京都で、カジュアルなバーのカウンターにさらっと取り入れられていたのを見ました。銘木と今っぽいデザインの組み合わせ、雰囲気が良くて気に入りました。
S:京都はわりと銘木に触れる機会が多いので、取り入れることに抵抗が少ないんでしょう。
A:繊細な建具や銘木などは、鎌倉で建てる住宅にも取り入れていきたい要素です。和室ってどこかお寺っぽいというか、男っぽい感じが気になっていたのですけれど、ナチュラルな雰囲気の銘木を使ったりしたら女性的な柔らかな雰囲気になるなあと思うんです。
S:「真・行・草」でいうとお寺の建築は真が多いですけれど、亜紀さんは行や草の雰囲気が好きってことですよね。障子の桟(さん)もね、その細さで印象が全然変わるんですよ。
A:そうですよね、、志水さんそこすごく大事にしてますよね。
S:空間の繊細さとか優しさとかってそういうところの積み重ねから生まれると思うからです。
A:ここまで桟を細くすると、空間が柔らかになるなという判断ができるのは、経験値ですか?
S:はい、経験でしょうね。
A:そうですかー、やはり。
S:繊細にまとめるとなると、柱や梁など周囲との整合性の取り方が難しい部分ではあるんですけれどね。障子の桟だけ細くても、柱が太かったらおかしいでしょ?そんな感じでいろいろ調整していく部分がたくさん出てくるのです。
A:なるほど。
最近、和室に興味があっていろいろと見るのですけれど、なんとなく腑に落ちなくて、帰り道にその和室の、例えば床柱を、ふと思い返してしまうようなことがあります。
S:ありますね。多分それは、床柱が空間にうまく馴染んでいないということなんだと思います。僕はできるだけ、印象に残らないようなデザインをするように心がけています。
床の間はそこに置かれる掛け軸やお花がメインで、床柱も床框も脇役ですからね、味のある脇役さんでいてくださいね、という感じ。
A:むむー。また名言を聞いてしまった気がします。
S:笑。手段が目的に変わってしまうと、本末転倒で、なんか変なことになっちゃうんですよね。
A:いやー、本当にそう。
特に現代の住宅ですと、和室は取ってつけたような簡略なものか、「お金かけました!」みたいもの、どちらか両極端になりがちですけれど、志水さんにデザインしてもらえれば、繊細さや優しさが調和したものができるってことですね。