つぶやくふたり

talk about housing

A:最近、古い住宅建築を見に行く機会が幾度かありまして、どれも興味深かったので、まとめてご紹介しつついろいろお話しできたらな、と思っています。

S:はい、よろしくお願いします。

喜多源逸邸と照明のおはなし

A:まずは、京都の喜多源逸邸です。大山崎の聴竹居で有名な藤井厚二の1926年(大正15年)の設計。北欧のビンテージ家具に詳しい知人が見学の機会をアレンジしてくれ、伺いましたね。

S:あの空間、良かったですね。
1段上がった和室とその周りの洋間の関係が清家清の「私の家」のようで、非常に参考になりました。現代で、ああいう空間を再現したいな、と思いましたね。
なかなか実現できるタイミングがないのですが、「和室の持つフレキシブルさをリビングという洋の空間で活かしたい」というのは、ずっと僕の中にあるテーマなんです。畳の部屋だからといって、床の間があるきちんとした空間にするべき、でもないと思います。
ソファの代わりにゴロンと寝転がったり、台を置けば宴会もできるし、建具で区切れば部屋にもなるしという日常に根付いた空間になるともっと良いのにな、と思うんですよね。

喜多源逸邸


A:和室と洋間の関係は現代にも生かせそうな気がしますね。和室に座った時に、洋間の椅子に座る人と目線が合うところ、優しいなあ、と思いました。
日本の和洋折衷の古い日本家屋と北欧家具の組み合わせも、違和感なく落ち着いていました。

S:あとは庭ですね。ほぼ苔ともみじの木で構成された前庭のシンプルながら奥行きのある感じ。作り込みすぎてなくていいなあ、と思います。

A:庭に面したサンルームのようなテラス部分は室内ですけど、自然との一体感が感じられ、中間領域だと思いました。
光はどうでしたか?伺った日は雨がいまにも降り出しそうな曇りで、部屋の中は薄暗かったですよね。
部屋に入った時は「ちょっと暗いな」と思ったのですけれど、中にいると不思議と心地よくて、初めて会う方々ばかりだったのになんだかスッと仲良くなれた気がしました。

S:光は重要ですよね。
ゆったりリラックスした雰囲気にするためには、光は抑えた方が良いと思います。だから皆さんと親密な時間を過ごせたのかもしれないですね。

A:こないだの満月の日の夜に、日日とのオフィスのアトリエの照明を消したら、真っ暗になりました。この部屋は家電もないので本当に真っ暗になります。そうしたら月の光が白く床に差し込んできていて、ああ、こんなに明るいんだと思いました。
気づかないんですよね、外で月を見ても、街灯が明るすぎてここまでの感覚にはなれないですね。

S:私たちは普段、夜でも明るすぎる環境にいる、とは言われてますね。もうちょっとトーンダウンした方が良さそうですよね。
僕が照明計画をたてるときに気をつけていることは、

1 機能的な光と情緒的な光を使い分ける
2 住宅における照明は恒久的なものではないと考える
3 光源を隠す
4 太陽が出ている時の室内の光の作り方を考慮する

です。住宅の照明計画はお施主さんのお好みありきなので最も難しい部分ではありますが。

A:面白くなってきました。詳しく説明してください。

S:まず「1 機能的な光と情緒的な光を使い分ける』ですが、情緒的な光というのは、ろうそくの火だったり、月の光に代表されるような人間の心に訴えてくる光です。
太陽の光を障子で和らげてから壁全体をぼんやりと照らすのも、照度が低めのランプで、壁の一角を照らすのも情緒的な光と言えると思います。

でも、それだけでは、やはり現代の生活にはそぐわないと思うんですね。足元が危なくないように床を照らす光とか、食卓の料理がおいしく見えるような明かりは欲しいですよね?

A:確かに。たまにダイニングテーブルとかお風呂でろうそくをつけたりしますが、これだけで生活するのは心もとないです。

S:手元が暗いと困ることも多いです。情緒一辺倒ではなく、機能性も考えてバランスよく照明計画を立てようと心がけてますね。
最初は少なめくらいの照明にしておいて、必要な場所にお気に入りのスタンドライトを足していく、という考え方が、個人的には一番好きです。

A:ふむふむ、なるほど。
次は「2 住宅における照明は恒久的なものではないと考える」ですけれど、そう言われてみればそうかな、と思います。
家族の生活スタイルは常に変化していますし。

S:そうなんですよ。
商業施設のようにばっちり決めて照明計画、というのはそもそも住宅にはそぐわない、可変性を持たせておく方が良い、と思っています。

A:個人的には、志水さんの設計した旅館やバーの照明計画は大好きなんですけどね。

S:ありがとうございます。その商業施設を見るとわかるように、光源は隠すようにしています、これが「3 光源を隠す」です。
僕自身、照明のまぶしさ(グレア)は苦手。住宅でもまぶしさが気にならないように設計するようにしています。

A:それ、すごく大事ですね。わたしは今住んでいる中古住宅で照明のまぶしさで失敗してるな、と感じる部分があるので特にそう思います。

S:最後「4 太陽が出ている時の室内の光の作り方を考慮する」です。太陽光が出ている時、壁が白に近い色だと光が反射して室内は明るくなります。室内が明るいと、目線が室内で留まって、外へ伸びなくなるんです。
亜紀さんの家も、朝のまだ日が高くないうちの方が窓からお庭が見やすくないですか?

A:確かにそうですね。

S:視線が伸びないということは、外への意識も薄くなるし、広さ感も感じにくくなります。反対に室内を暗くすると、どうでしょう?

A:それ、まさに喜多源逸邸ですね。室内のベースの色合いが暗いので、外の緑がとても美しく見えました。

テラスから庭を見たところ

S:そうなんです。あえて室内を黒や焦茶でまとめると、昼間、外の景色を楽しむのにもってこいの空間になります。

A:なるほどー。なぜか壁は白という固定概念がありがちですけれど、もっと暗い色調にして、それが有効に働く場合もあるってことですね。

S:そうなんですよ。お施主さんに提案しても、なかなか受け入れられることが少ないですけれど、外の景色が楽しめる土地が多い鎌倉では、ぜひ一度やってみたいデザインですね。

東山旧岸別邸と快適性のデザイン

A:次に話したいのは、御殿場にある東山旧岸別邸です。こちらは比較的最近のもので1969年、設計は吉田五十八、彼の最晩年の作です。吉田五十八は自身も大磯に自宅があったので、湘南、西湘地域に現存する住宅がありますよね。

旧岸邸

S:僕も逗子にいる頃、葉山の山口蓬春の自邸見に行きました。

A:あの自宅とアトリエも好きです。特に高床になってるアトリエ、作品を湿度から守るために考えられているのかな、と思っています。山口蓬春は戦後すぐの1948年に建てられています。一方の岸別邸は日本の建築技術も進歩した時代に建てられたので、塩化ビニールやアルミといった工業生産材料を使っていたり、全館暖房を試みていました。

S:僕が今関わっている、1967年設計の邸宅も全館暖房が設置されてますよ。住宅建築家として名高い吉村順三も、1960年代くらいから全館暖房を試みています。やはりみんな快適性を追求していたのだと思いますよ。

A:そうなんですねー。
吉田五十八といえば超大御所で、伝統的な数寄屋建築を建てるだけでも、、、と思うのですが、高齢の施主の終の住処として、住宅の快適性を追求しているということにハッとさせられました(当時の御殿場は夏は涼しくて、冷房は必要なかったと施設の案内の方から伺いました)。

S:やっぱり快適性は大事なんですよね。総理大臣だったような岸さんは、海外のいろいろなホテルや要人の邸宅なども知ってたでしょうし、快適性は実現できるはずと吉田五十八さんと話したと思いますよ。

A:今はそれがエアコン一台でできるのですから、随分進歩したのですね。

S:そうですね。
僕は大学生の頃に、設立したばかりの新住協が配布していた工法のパンフレットを見て、高性能住宅に興味を持ちました。
20年ぐらい前に、今の床下エアコンにつながる考え方で、ガスファンヒーターの熱風を床下に入れて全館暖房をする方法を試みたりもしました。いまだにそのお施主さんからは、快適だと言ってもらえるんです。
長く喜んでもらえるって嬉しいですよ。快適性って最も普遍的なデザインなんです。

鎌倉の霊源閣について

A:最後は長谷の霊源閣です。実業家で国会議員も務めた山本条太郎が別荘として建てた建物で、関東大震災以前の1918年の建築です。地震の前の建物は鎌倉にはこれしか残っていないとのことです。設計は笛吹嘉三郎、京都の大河内山荘で有名な数寄屋大工の笛吹嘉一郎のお父さんです。

鎌倉長谷にある霊源閣

S:100年以上前ですか、随分大きくて立派な建物ですね。

A:はい、京都から職人さんを呼んで建てたそうです。畳も京間ですし、表千家の影響もあったりして、見応えがありました。

S:普段は公開されていないのですか?

A:はい。年1回公開されるだけですね。
持ち主は東京に本部がある宗教団体ですが、たまにお茶会などに使われるくらいのようです。
この宗教団体が、二番目のオーナーから譲り受けるときに、飲食店や旅館などの営利目的には使わない、という約束の元に手に入れたという経緯もあるそうです。お話を伺っていると、広いお庭のお手入れや大きな建物の補修など、維持管理が大変そうだな、と思いました。

入口の細工が美しいです

海を望む廊下

喜多源逸邸は住宅遺産トラストが継承してくれる居住者を探し、現在のオーナーが北欧ビンテージの家具店を営みつつ、実費で修繕しながら住まわれていました。
東山旧岸別邸は御殿場市に寄贈された建物ですが、指定管理者に和菓子の「とらや」さんが入って、広大な庭の一部にとらやカフェを併設しながら運営されてます。
残したい建物をどうすれば残せるのか、鎌倉にいるとよく考えてしまいます。素敵だね、残した方がいいよね、と惜しまれつつも取り壊され、戸建て用地として分割されてしまう建物が多いので。

S:京都と鎌倉の違いは、京都は住宅用地よりは商業地が多いことですね。だから旅館や店舗として利用されながら残る建物が多い。鎌倉は住宅用地がほとんどで、住んでいる人も閑静な住宅地を求めてます。もし、本当に古い建物を残したいなら都市計画から見直さないといけないと思います。
そこまで大きな話にしなくても、僕が京都の町家改修で行っている性能を向上させるリノベーションも、古い建物を快適に残すための方法です。

A:そうです!あの快適性。でも、そういうことができると知らない人も多いです。先日の現場セミナーで、見学者にお話を伺うと、こういう家が建てられるということを初めて知った、という声が一番多かったです。

S:残念ながら日本は住宅リテラシーが低いです。情報統制されているのでは、と思うくらいです。
でも、最近やっとyoutubeなどで勉強できるようになってきましたし、僕らのようにHPなどで発信している人間もいるので、学びましょう、知識をつけましょう、全ての解決はそこからだと思います。

紅葉も素晴らしいお庭でした

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