鎌倉に似合うすまいとは?
A:こんにちは。今日は現在計画中のA邸について伺いたいと思います。よろしくお願いします。
S:はい、よろしくお願いしますね。この家では、僕が考える鎌倉に似合う住宅の形を表現しようと思って計画しています。まず、誰がみてもシンプルに日本の家だなあ、と思えるようなプロポーションは大事にしています。具体的には大きくかけた切妻屋根、周囲の景色に沿うように低く抑えた建物の高さなどですね。意匠と湿度対策も兼ねた高床デザインは鎌倉ならではですし、海沿いなどの厳しい環境にも耐えることができる木の外壁は外せないポイントだと思います。
鎌倉は自然豊かですし、住んでいる人もナチュラルというか自然志向の方が多いですよね。そういう街に合う素朴な雰囲気を大事にしました。
A:いっぱい出てきましたね。そうですよね、江ノ電や路地裏など、ノスタルジーを感じる鎌倉の風景にいかにも今っぽいデザインはあまり似合わないですよね。先日志水さんと街歩きをしていて見つけた一つの住宅が、A邸の意匠デザインの参考になったという話もしていいですか?
S:もちろん!亜紀さん宅のすぐ近くにあるあの住宅は本当に宝物のような建築だと思います
A:曽原国蔵という建築家が設計した「加藤さんのはなれ」という名前の住宅なんですよね。水平ラインを強調した高床の設計、低く抑えた緩やかな屋根、ミニマムだけどハッとする外観です。コアの部分に水回りを集中させたり、ステップの感じとかミースみたいですよね。
S:ミースのファンズワース邸は、近くを流れる川の氾濫に備えて高床にしたと言われていますよね、この「加藤さんのはなれ」も始めは娘さんのピアノ室として建てられたと資料にありますから、おそらく鎌倉ならではの湿度と縁を切り、周りの田園風景と建物を結びつけるためにこのような形になったのかな?と想像します。
A:周りには山すそまで豊かな麦畑が広がっていたそうですよ、窓が牧歌的な風景を切り取っていたんでしょうね。贅沢な空間です。
S:そう、曽原国蔵もそうですし、清家清、吉村順三といった戦後モダニズムの建築家の建てる家って、華美だったり、広かったりするわけではないけれど、周りの風景を取り入れ、建物は周囲に馴染ませ、豊かな情景を作るので僕は大好きなんですよ。
A:志水さんと住宅談義をしていると、大体そこに行きつきますよね、笑。実際小さく建てて、豊かに暮らすと言うのは、今まさに好まれている住宅の形ですしね。
A邸の話に戻りますね、この建物もきっと水平ラインがキリッとした建物になるんでしょうね。
S:そうですね、高さよりも横の広がりを感じると思いますよ。実際この住宅2階の北側の窓付近の天井高は1800㎜ー2000㎜ぐらいしかないんですよ。ただ垂れ壁(窓と天井の間にある壁)を無くして天井と窓をくっつけ、視線を外に流しているので圧迫感は少ないはずです。
A:本当。垂れ壁ないんですね。
S:これは天井高は上げずに空間を広く見せる手法として、吉村順三をはじめとした建築家が使う手法ですよ。逆に1階の広いリビングスペースでは吹き抜け窓の上にしっかりとした分量の垂れ壁を作り、少しこもった感じを出してあります。
A:なるほどー、吹き抜けだけれど、ゆったりした落ち着いた感じがするのはこのせいなんですね。
S:A邸は敷地にゆとりがありますからね。外の景色を適度に入れない工夫も大事かと思いました。逆に敷地ギリギリに建つような場合はいかに広く見せるかという工夫が必要なります。
A:具体的にはどんなことをするんですか?
S:①視線が先に抜けるように作る、②空間の対角線を生かす、ことでしょうかね。視線が外に抜けるように、地窓や細い窓でいいので開口を作るのはとても重要です。そこから外の明るい光が入ってくると壁が白くハレーションを起こすので、空間が広く感じます。対角線はその空間で一番距離があるので、視線がそこを意識するように設計します。
A:言うのは簡単ですが、実際に形に落とし込むのは難しそう…。それは経験値の成せる技なんですか?
S:経験値はそうですね、その土地の利点をいかに生かすか、マイナスポイントをいかにリカバリーするか、設計士がその手法をいくつ自分の手業として持っているかが重要です。あとは、センスですかね。
A:うーん、カッコ良すぎます、笑。センスといえばなんですが、私は志水さんの設計プランで一番志水さんらしさを感じるのがアプローチなんです。なんというか、家の玄関を開けるまでに、小さな物語があるように思うんですよね。
S:ほー、そうなんですね。アプローチの美しさは個人的にも結構意識して作ってます。これは、僕が学生時代に夢中になった安藤忠雄の影響がかなりあると思うんですよね。
A:安藤忠雄ですか!まさかここで出てくるとは思いませんでした。でも確かに考えてみると大山崎の「アサヒビール(大山崎山荘)美術館」とか、くねくね山を上がったり、階段を上下したり、高揚感あったなあと思い出します。
S:そうなんですよね、安藤忠雄の建てる邸宅でもアプローチの豊かさを感じられる作品は多いですよ。あの方の建築は物語的ですからねー。
邸宅でなくても、小さい敷地だからこそ、無駄なく広く使うためにもアプローチはとても大事だと思いますよ。僕はアプローチの美しさを考えつつ、周囲の視線を遮る、収納などの必要な機能を重ねていきます。A邸はご近所付き合いなど、ちょっとしたお客様も多そうなので、通りからは見えない外のベンチでお話ができるようなことも考えました。
A:そうなんですね。美しさと機能性を両立したアプローチだから、私はこんなに心惹かれるのかもしれません。なんだか志水さんの頭の中を覗いたようで楽しいです。お庭のパーゴラも、藤棚にするとか、ブランコを取り付けたりするなど色々な使い方が想像でき、妄想が広がります。こういう部分が心憎い演出ですよね。
S:機能的な部分でいえば夏は簾やスクリーンをかけて、日差しを遮るためのものなんですけどね。僕は家は本体をしっかり作り、パーゴラやウッドデッキなどで可変性のある味付けをしていくのが良いと思っています。家族構成が変わっても、売却して違う家族が住むことになっても、自分たちらしさが作りやすいですよね。
A:志水さんの住宅を見ていると、住まう人のためを思い、長い目で見た本当の使いやすさを追求するという一貫した信念を感じます。地に足のついた感じというのかなー、リノベーションのレベルですが色々な家に住んできた私も40歳を超えて、試行錯誤で勉強してきてやっと見えてきた境地です。
S:なかなか、初めてのお家作りの方には理解しにくい部分をあるかもしれませんが、根気良く僕達の考えをお伝えしていきたいですね。今日もありがとうございました。