日本家屋を高性能住宅にリノベーション、その手法を聞いてみた
A:志水さん、今日は最近改修を手がけられた石塀小路の物件のお話を聞かせてください。写真で見ると石塀小路、ずいぶん風情のある街並みですね。
S:はい。ここは京都でも最も厳しい伝統的景観保存地区(産寧坂地区)で、伝統的な日本家屋しか建ててはいけない場所です。僕が手がけた物件は築20年ですが、外観はかなりオーソドックスな日本家屋、築年数よりずっと古めかしく見えます。広さは改修前85平米→増減築で89平米、一般住居を一棟貸しの旅館として改装しました。
A:これで築20年か、見えませんね。
ちょこんと乗った2階が威圧感なく街並みに溶け込みますね。こういう物件が出るもの京都ならではだなあ、と思います。内装の写真を見て驚いたのですが、中は本当にただのちょっと古いおうちの内装だったんですね。お風呂場とか、キッチンとか、、、。
S:今回はこの外観はほとんど変えずに、家の中をほぼフルリノベーションしました。クライアントからの要望は「耐震性の確保」「快適性の確保」「和風建築の感動体験」の3つ。
A:なるほど、どのようにそのオーダーをクリアしていったんですか?
S:まず外壁を残して内部の柱以外は全て撤去。柱や土台の腐食部分は新しい木材に差し替え。増築部分は新設。基礎は既存のものを使いましたが、地面が剥き出した部分は防湿コンクリートを敷きました。
この家は2階の外壁ラインがちょうど1階の和室の真ん中を通っており、その部分の耐震性能が一番不安でしたので、ウォールスタット(wallstat :http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/~nakagawa/)というシミュレーションソフトを使って、どこを補強すれば良いかを何度も検証しました。
A:ウォールスタット、初めて聞いた名前でしたが、このシミュレーション映像はYoutubeで見たことがあります。住宅のどこの壁や柱が弱いか、実際に揺らしてみて倒壊の度合いがわかるので、一目瞭然ですね。私のような素人にも非常にわかりやすいです。今までは大工さんの長年の経験をもとに補強していた壁や柱を、科学的に立証していったんですね。クライアントの安心感は非常に大きくなりますよね。
S:そうですね。安心安全のための進んだ技術はどんどん使っていくべきですよね。和室に開けた光を取り入れるための細長い開口部や、浴室の大きめの開口もシミュレーションしたんですよ。
A:志水さんはさらっと言いますけど、新しい技術を積極的に使えるのはすごいことです。「快適性能の確保」はどのようにしたのですか?
S:まず断熱の弱点は開口部ですので、既存の木製建具(シングルガラス)をペアガラスの木製建具で計画しました。また景観上も見た目が木製建具であることを求められており、外観、内観ともに違和感の無いよう設計しました。この家は室内から眺める美しい日本庭園を「和風建築の感動体験」の一つにしようと思っていたので、風景を美しく切り取ることができる木製サッシはマストだと考えています。
A:サッシならアルミや樹脂サッシも今はかなり性能が上がっていますが、やはり木製サッシにはかないませんか?
S:窓はガラスの部分と枠の部分に分かれます。窓の性能はそれぞれの性能の平均値です。基本的に断熱に関して、枠の性能がガラスの性能に比べて低くなり、その素材によっても左右されます。一般的にはアルミ<樹脂<木製の順で性能が良くなります。もちろんそれぞれの素材の特性に長所短所はありますよ。メンテナンスは必要になりますが、個人的には性能的にも意匠的にも木製が好きですね。
A:木製サッシに対する憧れがますます高まりました、笑
S:あとは、改修前は無断熱だったので、断熱材を屋根(240㎜)、壁(120㎜)、床(120㎜)に入れました。UA値は0.5強になっています。旅館ということもあり全面温水床暖房(風呂場の洗い場も)を完備して、快適性は確保しています。
A:それは相当快適そうです。他に家のハード部分で大掛かりに直した部分はどこですか?
S:屋根自体はまだ直す必要はなく、そのまま使ったのですが、1階の下屋と2階の外壁の接合部分に雨漏りの形跡があったのでそこを直しましたね。1階にぽたぽたと漏るというようなことはなかったのですが、瓦を何枚か外してみると下の野地板に雨染みがじんわり広がっていました。
A:どうしても雨に弱くなってしまう接点部分ですね。どのように直すのですか?
S:下屋の瓦を2−3列外して、2階の外壁部分も下から20センチくらいはがし、その部分に板金できっちり補強します。2階の壁は雨の跳ね上がりで濡れますからそれを防ぐためです。現場で板金を加工していくので職人さんの技術の高さが必要になります。
この家は昔ながらの日本家屋の意匠デザインで、屋根が大きくかかっていたので、外壁のダメージはそこ以外にはありませんでした。
A:この前の屋根のコラムで話したことですね。きちんと軒のある日本家屋の強さですね。
S:あとは京都という環境もあります。京都の街中は強風がそれほど吹かないので、雨も垂直に落ちるんですよ。
A:志水さん、逗子に住んだ時に家が風で揺れてびっくりしたとおっしゃってましたもんね。私はむしろあの京都の無風状態が不思議な感じがします。
S:鎌倉や逗子、葉山など海沿いの街の雨じまいは、より慎重にやりたいな、と思いますね。
A:なるほどねえ。鎌倉でも慣れ親しんだ築年数の経った物件を、このような形でリノベーションしたいと思う方がいると思うのですが、京都とは違う注意点が必要ということですね。
S:そうですね。雨もそうですが、鎌倉は湿度の問題もありますよね。どれだけ湿度と縁が切れるか。
A:湿度問題の解決策の一つとして、日日とでは基礎を高くする高床を提案していますが、もし、これをリノベーションで行うとしたらどうやるのですか?
S:まず家を骨組みだけにして軽くして、ジャッキアップをします。家の構造を宙に浮かせた状態で、基礎部分の補強や増設をします。町家の改修の仕事などではやったことがありますよ。
A:見てみたいです、笑。けれど新築よりお金がかかりそうですね。お金をかけて和の家をリノベーションで直すメリットってなんだと思いますか?
S:やはりその外観、プロポーションといった“佇まいを残す“ということに大きな意味があると思います。街並みと調和して美しく経年変化した外観。住んでいる人にとってだけでなく、その周りに暮らす人も馴染んだ景色を見続けることができる。
実際に僕が手がけた別の改修で、馴染んだ家が外観は変わらずに快適な住宅に生まれ変わって、涙を浮かべられたクライアントもいました。
A:全てを新しくするのは手っ取り早いかもしれないですけど、培ってきたその家の歴史はそう簡単に壊したくないですよね。自分のためだけでなく、周りのことも思ったリノベーション、深いです。そういう意識の積み重ねが京都のような美しい街を作るんだろうなあ。
S:ちなみに石塀小路の物件では内装に最高級の檜節なし材を使ったので、工事価格が上がりましたが、これを杉板にするとか、以前使っていた内装材を使い回すなどすれば価格はある程度抑えられると思います。
A:なるほどねえ。
今日は盛り沢山で、内装の話まで行き着くことができませんでした。次回この続きをお願いします。