伝統的な日本家屋のリノベーションから、今のすまいに応用できるヒントを探る
A:では志水さん、前回の続きをお願いします。石塀小路の内装についてです。
S:はい。内装は基本全てやり直しました。ただ間取りは大きくは変えてません。
A:変える必要がなかったということですか?
S:はい。日本家屋ってお座敷に座って一番良い景色が見えるように設計してあるんですよ。お座敷からのお庭の眺めがそれです。ただ、北側の庭は小さくて貧弱だったので、広げました。具体的には室内の縁側部分を削って、濡れ縁(軒下にある縁側)に変更して、庭に奥行き感を出したのです。
西側の窓には地窓という低い位置の窓を新しく開けて、庭を楽しんだり、光を取り入れることができるようにしました。庭と室内のつながりを持たせて、広がりを感じられるようにね。
A:すごいすごい、そうなんですね。外と内との境界である中間領域の豊かさが空間の質を決めると本で読みました。昔ながらの和室ってちょっと暗いと感じる時があるので、この地窓の効果は抜群ですね。写真で見ても空間の広がり感が違うのがわかります。
S:クライアントの要望が和風ベースでしたので、基本的に座の寸法体系をベースにしました。
A:座の寸法体系?
S:和の家は畳に座った時の目線が基準となっていて、椅子の生活より40センチくらい低めなのです。障子や襖の引き手など、立ったまま開けるとちょっと低いなと感じるでしょう?椅子の生活より40センチくらい目線が低くなっています。だからお座敷があったところにダイニングテーブルと椅子を持ってくるとちょっと違うかな、という感じになる。
ここは旅館ですし、非日常で座の寸法体系を楽しんでほしいと思ってデザインしています。若い人やお年寄りは正座が難しい人もいるので、掘りごたつで座りやすくしていますね。
A:和室を洋間に変える違和感は何となくわかります。鎌倉の築40年の日本家屋をリフォームした時に、お座敷を板張りにすることも考えたのですが、畳の上に座って窓の外を見たときに、この景色はこのままにしたいなと思いました。日本人のDNAなんですね。
S:床の間、庭の景色、天井の高さなど、伝統的に培われた心地よいバランスがあるのですよね。昔の大きな農家や京町家を思い出していただくとよくわかると思うのですが、台所などごちゃごちゃしがちな生活動線は土間にまとめてあり、一段高くなったところに畳の間がありますよね。土間は立ち仕事をする仕事場、寛ぐのは畳に座って、と2つを分けていたんですよね。
余談ですが、京町家の土間の高い天井は火袋と言って、調理で出た煙を排気する煙突の役目をしているんですよ。昔はあの空間は煙がもくもくとしていたんだと思います。あと、土間の奥に外トイレがあったんです。農家の方がそのトイレを汲み取りにきて畑の肥料として持って帰る、町家の住人は肥料のお礼として野菜をもらう、今で言うところのサスティナブルな生活です、笑。
A:初めて知りました。ずっと古い家なのに吹き抜けがあってかっこいいな、と思っていました。吹き抜けじゃなくて火袋、煙突なんですね。
土間であれば汚れても洗い流せますからね。室内を高低差や素材で緩やかにゾーニングするのはいいですね。実際町家に宿泊してみて、その合理性が腑に落ちました。現代の住宅にもうまく応用できないかな、と思います。
S:僕も思います。吉村順三や清家清など、戦後日本の住宅建築の名手ですが、当時の現代的な住宅の中に、和のプロポーションをうまく取り入れてるんですよね。まだ和の暮らしが色濃く残っていた時代です。その美しさを現代に応用した寸法体系を、僕は追い求めていきたいと思ってます。
A:志水さん、その話でずっと続けられちゃいますね。今日は石塀小路の話に戻りましょう。
お風呂、すごいですね。志水さんの設計する家ではよく使われる檜風呂ですね。
S:そうですね。昔は当たり前だったんですけどね。特にすごくはないですが、今となっては日常で味わえないアイテムですよね。
檜風呂はやはりいいですよ。お湯は柔らかだし、肌触りも良い、香りで癒されるし、お湯が冷めにくい、湯船の縁に腰かけたりするときに冷たくない、などね。
A:自宅で檜風呂はメンテナンスが不安になりますが。。
S:気持ちはわかります。確かに何もメンテナンスしないというわけには行きません。お風呂に最後に入った人が湯船の水滴を軽く拭き取って、浴室に風を送り込んで乾燥させる、その作業は毎日必要です。でも、これはユニットバスでも推奨されているんですよね。
A:えっ、そうなんですね。初めて知りました。そういえば、うちは建築当初の壁と天井にレットシダーが貼ってあるフィンランドのサウナみたいなデザインのお風呂です。20年以上たってますが、意外に劣化してないです。
今の梅雨の時期は一番ジメジメしているのが浴室なので、以前志水さんから教わった通りに、みんながお風呂に入った後はサーキュレーターを回すようにしています。小一時間で壁も床も乾きますし、かすかに木の匂いがするんです。檜風呂も夢ではないですね、笑
S:檜風呂は高級だというイメージがありますけど、湯船だけであれば20万円くらいからあります。ただ他の部分の素材にこだわってしまうので高くなってしまうことが多いですね。ちゃんとメンテナンスすれば15年くらいは十分持ちますし、そのタイミングでまた湯船だけ換えられるようなデザインにしておくことはできますよ。
A:ほおー。ユニットバスだって15年経てばちょっと古めかしくなってきますよね。毎日温泉気分を味わえるなら、決して贅沢品じゃない気がしてきました。檜風呂なら、脱衣所もこだわりたいなと妄想が膨らみます。
メンテナンス費用で思い出しました。私が築40年の日本家屋をリフォームした時、床や壁紙をやり直すつもりだったのですが、大工さんや畳屋さんに、和室の塗り壁は直す必要ない、畳も畳表を変えるだけでまだ使えるよ、と言われて。洋風の部屋と比べてびっくりするぐらいリーズナブルな金額で部屋が綺麗になりました。日本建築ってそういう意味でもサスティナブルというか、合理的なんだなあと思いますね。
S:改修で捨てることになる材料も、木材や畳など自然に還るものばかりですしね。
石塀小路の物件や僕が改修した町家は旅館として使われていますが、単に形式的な和ということでなく、我々日本人が感じる素敵感や、庭と一体になるような空間構成など、今の住宅にうまく応用できるヒントがいくつも散りばめられていると思います。古い民家を改修したいと思う方、新築の方でもぜひ、そのヒントを日日とに探しに来ていただきたいな、と思います。
A:今日のお話もすごく楽しかったです。ありがとうございました。