築40年の美しいすまい
7月の後半、志水さんと鎌倉のとあるお宅を訪ねました。
女性建築家のパイオニアと言われる山田初枝さんの設計したお家です。
お家にくらすのは89歳の女性。素敵な家に住んでいる素敵な女性がいると、友人に教えてもらいお邪魔しました。
今日はその時の感想をふたりで話します。
A:私は以前からこのお家が気になって仕方なかったんですよ。
手入れの行き届いた外観を見るたび、どんな人がどんなくらしをしているのだろう?と。家主の女性は親友の義理姉が山田初枝さんだったご縁で、設計を依頼されたそうです。
S:山田初枝さんは、林・山田・中原設計同人で活躍された女性建築家ですね。僕もこの方の設計したものを拝見するのは初めてだったので、楽しみにしていました。
A:「何か設計にあたって、お願いしたことはあるんですか?」と質問したら、「恐れ多くも山田先生に設計を頼んでしまったので、自分の希望なんて何も言えなかったわよ、仰る通りに致しますって感じ」とのこと。
でもなんていうんでしょう、設計者と施主の信頼関係を感じる言葉だと思いましたね。
S:それで良いと思います、おまかせって言われたほうが設計者は燃えるものですから、笑
玄関は半間サイズ、多機能な前室で空間の広がりを作る
A:では設計についてです。まずは玄関を入ったところの4畳ほどの和室!「おお!」と一同声が出ました。
間仕切りとしての襖はついているけれど普段は片側に寄せてあるので、玄関との連続感があって、天井は屋根勾配が見える形で開放感がありました。
S:あれは昔の家で見かける前室を現代的に再構築した空間だと思いますよ。
A:前室?それはなんですか?
S:玄関より一段上がったところで、屏風や、季節のしつらえがあり、来客と簡単に話をしたりすることに使われる場所です。
京都でも規模の大きな町家に前室があります。
A:確かに、玄関付近に屏風とお花が生けてあったりするスペース、ありますね。
床の間とも違う、玄関の顔見たいな部分ですね。
S:そうです。
見学に行ったお家の和室は普段は前室としての役割を持たせつつ、来客2人が寝泊まりできるスペースを確保しています。
玄関は半間とコンパクトでしたが、前室があることで広がりのある玄関になっています。
玄関を入ると広がる和室。豊かな空間です。
A:お住まいの女性も、「お雛様を飾ったりするのよ」とお話しされていました。
和の空間があると、季節のしつらいもぐっと雰囲気が上がるので、良いですよね。
前室を多機能にすることで、時代に合わせた空間にしたのですね。
S:はい。
僕は玄関のコンパクトさも、好きです。現代では生活スタイルも持ち物の量も変わったので、なかなかここまで小さな玄関を作ることはできないのですが、個人的には作ってみたい玄関のサイズです。
A:私も、「このサイズで良いのか」と思いましたね。玄関にガラスが多用してあり、前室もあるため、閉塞感も全くないです。
広い玄関ではない分、片付けも行き届くでしょうし。
玄関がきちんと整っていて、季節が感じられる雰囲気があるのは美しいし、気持ちが良いなと思います。
14畳のLDK、心地よさの秘密
A:次はLDKに移ります。志水さんはどう思われましたか?
S:僕はあのスケール感が本当に好きです、吉村順三など昭和のモダニズム住宅の真骨頂ですよね。
LDKで14畳くらいの広さです。キッチンが収納スペースも入れて4畳分なので、リビングダイニングで10畳程度。
A:10畳!10畳とは思えない開放感がある空間ですね。
当日も4人でお邪魔しましたけれど、狭くもなく、広すぎもせず、テーブルを囲む人と親密な距離感が心地よかったです。
S:秘密は東側の壁全面を使って三角形に庭に張り出した大きな窓、高い天井、建具のプロポーションにあると思います。
A:ふむふむ。
リビングの見どころ、三角形に庭に突き出した窓。写真には写ってないですが、右手の壁にも窓があります。
S:三角形の窓は頂点が外側に出ているので、四角形の窓よりも空間を広く感じることができます。また南側の壁にも窓があるのでより広がり感があります。
床から天井の一番高いところまでの高さは3200mmくらいあり、贅沢に上に抜ける空間を作ってあります。
一方、引き戸などの建具は高さを1800mmに抑えてあるので、より高さを感じる空間になっています。
設計の工夫で高さや広さを感じさせつつ、実際の空間は無駄に広くしないという潔さが、心地よい空間と美しいプロポーションの家を作っているんですね。
そうすることで外観も威圧感なく周囲に溶け込み、好ましい印象を与える家になっていると思います。
リビングの天井には天窓。天井から吊るされているのはダイニングの照明のみ。
A:なるほど。
夕方通ると、部屋の明かりがまた美しいのですが、今回厳選された照明計画を拝見して、なるほどと納得しました。
リビングダイニングのメインの照明は天井から吊るされた一つ、個室の照明も、別途サイドの読書灯と、収納家具に埋め込まれた照明のみなんですよね。
S:無駄な照明はひとつもなかったですよね。
さらに、照明の光源を直接見せないという設計意図が徹底されていて、家主も40年以上変わらずにその照明を使われている。
A:家はすまうことで完成されていきますね。
そうそう、この家ができた頃、周りは大きなお屋敷ばかりだったそうで、こじんまりとしつつ凜とした佇まいは新鮮だったでしょうね。
S:そうですね、今では贅沢ですが当時は決して広い敷地ではなかったと思うし、庭も手入れが行き届く程度の広さです。
でも周囲のお屋敷の緑と、庭の中低木の緑の木々を窓から取り入れて、小さく豊かに暮らすことを体現したお家だと思いますね。
メンテナンスのこと、キッチンのこと、くらすということ
A:築40年以上ですが、非常に良い状態であることも印象的でした。
「傷が小さいうちにメンテナンスをするようにしている」という、家主の言葉が印象的でした。
S:もちろん、長く住めば設備や家族の変化に合わせたメンテナンスは必要になってきますよね。
ただ、外壁が品質の良い杉材でできているので、全体としてメンテナンス費用は抑えられていると思いますよ。
一部は張り替えられたそうですが、全体的に色はグレーに落ち着いて、美しく経年変化していました、まだまだ現役でいけそうです。
シルバーグレーの外壁。40年ほぼノーメンテです。
A:40年前の外壁が美しく保たれているなんて、さすがですね。やはり外壁は木を使ったほうが良いなと思いました。
話は変わりますが、私はキッチンが対面型だったことに驚きました。
自宅に帰って調べたら、対面型キッチンが生まれたのは1980年代半ばだそうです。ちょうどこのお家が建てられた頃ですね。
S:手元が隠れるカウンター、コンロや冷蔵庫の配置など、使いやすいそうなキッチンでしたね。
A:ご馳走になった手作りのあんみつが美味しかったー。
S:本当に。僕は家主のそういう暮らしぶりに魅力を感じました。
年齢を重ねてもできることは自分でして、周囲に気にかけてくれる隣人がいて、お客さまを楽しむ心の余裕がある。
A:「職場近くの東京で住むこともできたけれど、やはり生まれ育った鎌倉に住むことが自然だったのよね。それ以外の人生を想像することはできないわ。おかげでこの歳になっても毎日忙しいのよ」と笑いながら話されてましたね。
会話からも、地域に根付いて、周囲の人間関係を大事に暮らしていることが伝わってきますよね。
この家が大好きで住み続け、くらしを楽しむことが元気の秘訣のように思え、すまいとそこにくらす人の理想的な関係だと感じました。
S:そうですね。質の高いくらしのお手本を見せていただいたような時間でしたね。
あんみつ、美味しかったです。ごちそうさまでした!